アメリカ女子フィギュアスケート選手Stephanie Rosenthal(ステファニー・ローゼンソール)の動画です。
女子体操記事でdoga様より「フィギアスケート全米選手権に出ていたStephanie Rosenthalという、とんでもない選手を思い出しました。」とコメントがあり、そうえいば全米選手権に面白い選手が出て演技したという噂を聞いたことがあったのですが、実際演技を見たことはありませんでした。
ちょっと探したところ、即あったので記事にしました(笑)
色んな意味で凄い選手ですね。
アメリカで一番ステータスのある全米選手権に出場して、ショートプログラムでロボット系のブレイクダンスを披露しています。ブレイクダンスをしているというか、そういう動きの演技ですね。これはすごい。噂には聞いていましたが、実際見ると笑える。なにより演じている本人が誰よりも楽しそうです。
2006全米選手権はトリノ五輪前の1月7日~15日までセントルイスで開催され、ご存じのように優勝はサーシャ・コーエンでした。サーシャは全米チャンプの肩書きでトリノに乗り込んできた、とは過去記事の色々なとこで書きましたが、オリンピックチャンピオンより全米チャンピオンの方が人気があると言われるほどの選手権でステファニー選手ロボットダンスですよ。
『天才たけしの元気が出るテレビ』の「ダンス甲子園」で山本太郎が海パン一丁で鮮烈なデビューを果たしましたが、その姿とダブりました。
女山本太郎だ。
■ステファニー・ローゼンソールのRockit!
うまく表示しない場合は直接YouTubeへ
http://www.youtube.com/watch?v=K2GYXP023zw
04分48秒。2006全米選手権ショートプログラム。ロボット系ブレイクダンスで演技しています。冒頭にブレイクダンスを演じている映像が流れます。実況は「ヒップホップ」と表現してますね。笑っています。バカにしているでしょうか。
先に「色んな意味で凄い」と書きましたが、彼女の何が凄いかというと、まず、このブレイクダンスな演技をエキシビジョンではなく正式な競技会のショートプログラムでやるという点ですね。
エキシビジョンなら誰か他の選手がやったことがあるかもしれませんが、ショーやエキシビジョンではなく、競技会本番でやる凄さ。これは評価に値することと思います。
フィギュアスケートが採点競技であり、「魅せる」要素も持つスポーツであるならば、そこには「芸術性」という摩訶不思議な観る人の主観に左右される要素があるわけで、この「芸術性」という観点からすると、芸術とは、すなわち「破壊」のことであって、既存の価値観だとか観念だとかを打ち破る表現方法でもあるわけなので、彼女の、この斬新な演技は、まさに「芸術」ではないでしょうか。
武道の世界には「守」「破」「離」という言葉があって、まず自分の流派の伝統にのり学ぶわけです。技であるとか心構えであるとか。それが「守」なわけですね。まさに守る。次の段階では、自分で創意工夫をして、自分だけの極意を得る。武道は突き詰めれば個人技なので、流派を開いた達人の極意が自分の極意とは限らない。背の高い人もいれば低い人もいる。動きが速い人もいれば力が強い人もいるわけです。その中で自分なりの合理的で生かせる技を会得していくわけですね。既存の殻を破るという意味で「破」。で、結局そうなると今まで学んだ流派とは違う方法論や修業論や技術論にもなるわけで、自分で流派を開く。もともとの流派を離れるという意味で「離」。
武道の世界は、この繰り返しなわけです。幕末に権勢を誇った北辰一刀流。千葉周作が開祖ですね。坂本竜馬もこの流派です。この北辰一刀流も名前に「一刀流」があるとおり遡れば伊藤一刀斎の「一刀流」になります。伊藤一刀斎の弟子に小野忠明という人がいて、この人の流派は「小野派一刀流」ですね。この小野派一刀流から出たのが千葉周作の北辰一刀流。
まったく違う名前になる場合もありますが、このように開祖から工夫を重ねて独自の流儀を作りながらも名前に残していく場合もあります。
武道を例にあげたのは、日本で例えると一番分かり易いからです。芸事ですから。技術革新は、そうやって進められてきたわけですね。武道に限らず、これは茶道は華道でも同じと思われます。たくさんの流派があるのは、そういう理由からですね。単に独立してお金儲けをしたいという理由もあるでしょうが、長い年月でみると本物しか残りません。
そういう意味では「芸術」も同じだと思います。印象派や抽象派、シュールレアリズムなどもう素人からするとわけのわからない表現方法がたくさんあります。絵画だけではんく版画や切り絵など含めれば、もうわけわかりません。
ピカソが一番分かり易いですかね。わけのわからない絵ですよね。ちゃんと理屈のある絵なんですが。それまでの価値観であるとか表現方法であるとかを打ち破った芸術のひとつですね。本物の。
それをステファニー選手はやっているな、と思います。保守的なフィギュアスケート関係者には嫌われているんじゃないでしょうか。あんなのはフィギュアスケートじゃないって。じゃあ、何がフィギュアスケートなんだよ!って話なんですがね(笑)
伊藤みどり選手が信じられないジャンプと女子では驚異的なトリプルアクセルを引っさげて五輪に出場した時もそうでしたね。「ゴム鞠が飛び跳ねるのが楽しいのか」とかなんとか言われた。カタリナ・ビットに(笑)
まぁ、色気ムンムンで妖しさ満開のカタリナ・ビットにすれば「あんなのはフィギュアスケートじゃない」ってことだったんでしょうね。じゃあ、フェロモン出しっぱなしな演技がフィギュアスケートなのかよ!って気がしますが、後年カタリナ・ビットは謝罪してますから許そう。
氷上のバレエと呼ばれ、華麗な舞いを競うスポーツだったフィギュアスケートを、実は氷上で肉体の表現を行うスポーツなんだと、アスリートの行うスポーツなんだと革命を起こしたのが伊藤みどりという存在。彼女は本物だったので革命者として歴史に名を残しました。彼女以前と以後で語ることができると思います。
ステファニー選手はどうでしょう。動画を見る限り、まだまだ「イロモノ」扱いみたいです。演技自体も精密さであるとか正確性などの完成度が足りないと、私が見てもわかる。ただ、情熱だけは溢れんばかりにあり、それは十分伝わります。「私はこれがやりたいんだ」「これをやっていると楽しいんだ」という情熱は凄いですね。爆発してます。
でも実況を聞くと、「おもしれ~ことやってるな」「楽しい選手ですね」的ですね。そう見られているってことです。なぜか?完成度が低いからです。ブレイクダンスも微妙に下手くそなんですよ(笑)
人を納得させるということは、これはもう大変なことです。会議などでも緻密な資料を用意し完璧なプレゼンしても、なかなか納得してもらえない。それくらい人を納得させることは難しい。
であるならば、ステファニー選手は、もっと完成度を上げて、今現在の採点基準を満たし、その中でこの表現をして結果を出さなければならない。そこで結果が出れば、歴史に名を残すと思います。表現の革命者として。
それには、まだまだ訓練や練習が必要ですね。才能はどうなのでしょう。目の付け所はいいので、普通の演技して全米選手権上位にいくくらいの実績があり、その上でこの演技をしたら、納得せざる得ないのではないでしょうか。「イロモノ」扱いもなくなると思います。
動画を見ての感想ですが、とにかく「はっちゃけ」てます。エキシビジョンかよ!と思うくらいです。最初からとばします。でも下手くそ(笑)
この情熱は凄いですね。「好きこそものの上手なれ」という言葉がありますが、彼女は本当に楽しんでいる。そして、観客です。観客全員が楽しんでいます。これは凄い。殺気迫る演技で息つくことすら忘れるような演技を魅せる選手とは違う意味で凄いです。これも、「魅せる」要素としては大事なことですね。最初から観客の心を掴んでいる。伊藤みどりがトリプルアクセルで観客の度肝を抜いたように、観客が評価したことが正義なことを考えると、ステファニー選手は、ある意味正解なんだろうなと。
そして「アメリカだなぁ」と思いました。歴史のない国なので、新しいことが出るのはアメリカですね。ジャズもラップもアメリカですもんね。そういう意味では、アメリカ的な選手だなぁと。
ヨーロッパのファンだとリアクション違うんじゃないんだろうか、など思ってしまいます。
とにもかくにも、楽しい動画です。このまま「イロモノ」で終わって欲しくない選手ですね。1987年10月19日生まれなので、今月で19歳ですが、まだ18歳。はっちゃけているはずです(笑)
この2006全米選手権では8位入賞しています。この大会の結果は、このページにあります。
■動画はコチラ
06分05秒。2006全米選手権フリープログラム。FPなんですが、SPの映像が映ります。それくらい衝撃的な演技だったんでしょうね。基本的に、トップ選手と比べると下手くそです。ブレイクダンスも下手くそです。だから両方下手くそで、作戦失敗しているのかなとか思ったりします。
「二兎を追う者は一兎をも得ず」という言葉は伊達ではないんですね。他のフィギュアスケート選手はバレエをやっていたり、体操をやっていたりしてますが、それはあくまで補助的なこと。主と従の関係がある。
ステファニー選手の場合、ブレイクダンスの動きを演技に取り込むことにより、この主と従が主と主になっちゃった。これは、難しいことにチャレンジしたなぁと思わざる得ません。どちらか完璧で他を取り込むのはいいのですが、どちらも中途半端なままでというのは、結局両方ともダメになっちゃうからです。
しかし、暗中模索、試行錯誤の最中なんでしょう。そう思いたいです。パイオニアというのは、たった一度の成功の裏に数え切れない失敗を経ているものなので、これくらいなんだ!って思いましょう。人は、たった一度の失敗を叩くのですが、そんなのは気にしない。気にしていたら前に進めない。そういう意味では、神経が図太くなるということも大切なことですね。タフになる、と。
キビキビした元気いっぱいな演技です。若さ爆発ですね。なんというか、技術であるとかテクニックであるとか、そういう次元で見ちゃいけない動画ですね。ステファニー選手の元気モリモリな演技を見て、自分も元気になる。そんな動画です。
ステファニー選手は、観る人を元気にする才能を持った選手ですよ。そう思います。演技終わったあとの表情をみてください。もう、なんかこちらもニコニコしちゃうでしょう。キム・ユナの機械のような精密な演技とは対極に位置する選手ですね。喜怒哀楽が全身から発散していて、向日葵のようですね。
ああ、現役時代の伊藤みどり選手もこんな感じでしたね。最近、こんな元気溌剌な選手はいなかったように思います。笑顔やスマイルをする選手はいても、こう体の内側から涌いてくるような溌剌さを持った選手という意味で。
愛される選手ですね。彼女は。
結果であるとか、他人の評価であるとか、そういうのを超越した感じです。本来、スポーツとはこうあるべきだ!という感じです。
いや~いい選手と思います。なんか知らない人なんですが、表も裏もなさそうですもんね。竹を割ったような性格というか、不味いコーヒーを飲んだら、即眉間に皺がより、困った顔をしながら「お、おいしいです」と言うタイプでしょ(笑)
料理不味くても一生懸命に汗をかきながら食べるタイプですよ。「おいしい?」と聞かれて、涙目で「はい、おいしいです」ってきっと言うな(笑)
久しぶりに「愛すべきアスリート」に出会ったような気がします。なんというか、スポーツ、競技をやっているので勝敗や結果はつきものなんですが、そういうのに左右されず、スポーツは楽しまなければ意味がない、世の中にはもっと大事なものがあって、それはあなたや私が生きていく人生であって、人生って素晴らしいもんなんだよ!と無言で訴えかけているような選手ですね。
私の中では、好感度アップ。この笑顔がいいですね。作り笑顔でもないでしょう。演技下手なので(笑)満面の笑みですね。18歳の笑みです。
そして、この笑顔は私やあなたが忘れてしまった笑顔でもある。
悲観的になったり思い悩んだ時には、このステファニーの演技を見よう。そういう選手です。
■動画はコチラ
2006全米選手権での練習風景。ショートプログラムの練習をやっている短い動画です。いや~動きがカクカクで楽しいです。練習時から本人も楽しそうにやってますね。
BGMが「ROCKIT」ですもんね。ノリノリにならないわけがない(笑)
以前から不思議には思っていました。なぜフィギュアスケー選手の演技内容は同じようなものばっかりなんだろうと。確かに採点基準があって、決められた技を演技中に盛り込まなければ採点されないし、その中で演技構成をしようとすると似たようなものになるなと。振り付けですね。
そして思いました。一番凄いのは振り付け師じゃねぇかよ!と。タチアナが一番でしょ(笑)
オリンピック金メダリスト何人に教えたんだよ!ってな話ですね。ヤグディンとかもでしょ。
審判の傾向というのは、どんな競技でも研究するもんで、こういった内容だと評価されやすいというのはあると思います。ボクシングでもあります。インファイトが得意なボクサー上がりの審判員なら、インファイトに高い評価を付ける傾向があるし、逆に離れて戦うアウトボクシングが得意であったり、好きな審判はアウトボクシングを評価するという具合に。どんな競技にもあります。
そういう意味では、フィギュアスケートも審判の傾向や限られた有名振り付けコーチの存在で、似たような演技ばかりということも考えられるのかなと。私論ですけど。
ステファニー選手のように、既存の殻を破るような選手はなかなか出てこないんだろうなと。既存の路線では。すなわち、それらは保守派です。革新派は、このステファニー選手みたいな演技をする選手になりますね。他にいるのか知らないんですが。
安定にしている状態に変化をもたらす存在というのは、どの世界でも排除されます。その安定している存在も、もとは、その前に存在してたものに変化を付けたはずなのに、自分がその立場になると、昔の自分と同じような存在は気に入らないわけですね。どの世界でも同じです。
そういう意味では、こういう変化が、変化の起きやすいアメリカだけではなく、ヨーロッパなどに発生して初めて、何かが変わってきているな、と言えるのではないかと思います。
変わらないんだろうなぁ(笑)「イロモノ」で終わるんだろうなぁ(笑)
私は、こういう変化を求める選手が大好きですね。変化できなくても、誰もやっていないことをやるという勇気に感動します。実は、我々も思っていたんだよ。という奴は必ず出てきます。でも、評価するのは、思った人々ではなく、実際やった人なんですね。
言うだけなら誰にでも出来ます。やるには「行動」が必要で、それには「勇気」が必要なのです。自分がティーンエイジャーな頃の「告白」を思い出してくださいよ(笑)勇気がいったでしょ?
「蛮勇」も「勇気」に変わりなく、私は、この「勇気」あるステファニー選手を支持しますね。消えちゃうかも知れないんですが、私の記憶にはずっと残ると思います。
<関連情報>
■2006全米選手権公式サイト
結果や画像やビデオクリップがあります。もちろん英語サイトですよ。男子1位はジョニー・ウィアーでしたね。つうことで、ジョニーの画像やビデオクリップもあります。
■Stephanie Rosenthalについて(Wikipedia)
ステファニー・ローゼンソールについて書かれたWikipediaなのですが英語版です。でも簡単な英語なんで分かると思います。5歳でスケート始めたとか書いてありますよ。全米選手権には2004年から参加していて、2004、2005と二桁台だったのが今年2006で一桁台の8位入賞したということがわかります。来年は、さらに上位にきてもらいたいですね。













あらら・・仕事早いですねー(笑) ・・恐縮です。
”女山本太郎”はナイスです。
SPの動画、演技後のスタオベには感動すら覚えますよ。いいぞ!アメリカの観客。
ところで私がこのネタ誰から仕入れたと思います?
実は荒川静香なのですよ。自身のHPのアイスショー紀行(8/2付)で語っています。荒川選手はあの全米選手権でのSPの演技を会場で見ていたそうで、衝撃を受けたそうです。ステファニーは地元ソルトレイクで開催されたCOIにもゲストとして呼ばれたとか。COI主催者としては「ツバつけたっ!」てとこでしょうか(笑)
ステファニーですか。面白いけどべつに成績は残してないのだからそこまで大袈裟に考えなくてもいい選手なんじゃないでしょうか(笑)
ヨーロッパで認められるかどうかなんて現代はいつの時代なの(笑)
ヨーロッパ贔屓の人は絶対に認めたくないだろうけどフィギュアスケート女子シングルの王道はとっくの昔ににヨーロッパ大陸独占だった時代は終焉したものになっています。まあ有能な選手は偶に出てくることはあると思いますが主戦場にはならないでしょう。
>doga様
この実績でCOIに呼ばれるということは「客が呼べる」選手ということですね。大事なことですね。「魅せる競技」なので。ある意味原点な選手かも。
鵜の目鷹の目なプロデューサーは、ちゃんと見てますね。何が喜ばれるのかを。
>のっ子様
いやいや、どうでもいいことや見過ごすようなとこを大げさに大層に書くのが「動画宮殿」なんですよ(笑)
そんなの演技に関係ないじゃん!ってとこをピックアップしてみたり。そんなカラーというか世界観が「動画宮殿」・・・
面白い観点のコメントなので、軽くマジレスしますね。
ヨーロッパ、ユーロになっちゃったのでそういう視点で見てもいいと思います。ユーロに参加していないデンマークみたいな国もありますが、統合的な連合体ですね。経済統合から始まりましたけど。巨大な市場が発生したということですね。目的はアメリカに対抗するためというのが見え見えなんですが。
市場という観点からだと、アメリカ、ユーロ、そしてアジア(日本ですね。中国もかな)があります。市場があるということは、政治的な動きもあるということですね。すなわち、アメリカで認められ、ヨーロッパで認められるということは、ユーロでいいですが、認知度からすれば世界の半分以上に認められるということです。そういう意味で書いています。難しいですか?なるべく簡単に書いていますが、もっと簡単に書くと、色々と説明したり解説しなきゃいけないので膨大になります(笑)
次に、主戦場という問題ですね。この定義はなんでしょうか?選手の出身地?活動拠点?メダリストの出身国?国際大会の有無?色々と判断材料はあると思います。
ミクロ的な見方だと、今はヨーロッパだ、いやアメリカだ、いや日本だとなりますが、マクロ的に見ると、別に変わらないんですよ(笑)
フィギュアスケートは採点競技。すなわち、採点基準があるといっても「主観」が存在する競技です。そして、その採点を行うのは「人」です。オリンピックやワールドの審査員の構成、出身国、履歴などを調べると面白いですよ。また、開催国や注目選手の国との関係。官だとODAとか。民だと巨大プロジェクトなど。出た学校や親戚の働いている環境、そして人間関係。公開されているものもたくさんあります。面白いですよ。スポーツは政治なんだなというのがよくかわります。難しいですか?
結局、フィギュアスケートは人気競技であり、アイスショーなどエンターティメント性も多分に持っている競技なので「利」という言葉で動いているといっても過言ではありません。意図した動きもあれば、無意識な動きもあります。それらが有機的に繋がって結果がある。そんな感じですね。なので「主戦場がどこ」というのは、ある意味、無意味な言葉でもあります。「利」で転がる世界であるならば、場所は関係ないわけです。袖の下で意図的に動く場合もあるだろうし、ODAもらっている国なら、出している国に対しては腰は低くなる。また、歴史的背景も考える必要がある。政治的に経済的に揉めている国なのかどうが。これらは、見えない圧力としてなんらかの影響を及ぼします。スポーツは政治の絶対的下に位置するものだからです。だから、ボイコットなどがある。難しいですかね?
コメント欄なので、長くは書けませんが、そんな風な思いがバックにあり「動画宮殿」の記事は書かれています。競技自体だけを見ればいいんでしょうけど、組織として運営されている以上、パワーバランスは国際政治、経済面など多方面から考えなければいけないというか、考えちゃうんですね。もちろん文化交流やスポーツ交流も含みますよ。
競技自体の表面的なことだけでなく汚い世界のことを踏まえた上で、私は色々なことを茶化しながら書いています。まぁ、そうんなとこです。見ている観点というか規模というか世界が違うのかな、と。どちらが正しい悪いという問題ではなく、見方が違うのかな、と。公開されている情報だけからでも色々なことがわかりますよ。でも、恐らく競技自体の表面的なことを見るのが幸せなんだろうなと思います。私は汚れすぎ(笑)
書いていること、難しいですよね(笑)
そういう意味では、このステファニー選手の記事も裏に広くて大きなことを意識しつつ、茶化してかいている壮大なるファンタジーなんですよ。「動画宮殿」のフィギュアスケート記事は、ほぼファンタジー。競技的なことは薄く、わかる人にはニヤリとする内容を。ってなことで。
ちょっと端的には書けなかったなぁ。
昨日悪乗りしたから、今日はステファニー選手の凄さについて、考えたことを書こうと思ったら、王様の記事がでていました(笑)。やはり、彼女の凄さ、魅力というのは、女子シングルという枠を半身だけこえたところにあると思いました。枠をこえているから、色ものじみてみえる。反面、彼女へ送る声援も、枠に捕らわれることなく、掛け値なしに楽しい。ひょっとしたら、彼女の真価が評価されるのは、コンテンポラリーダンス(笑)とかいう新分野ができたときかもしれない。でも、そういう評価のなされかたは、過ぎ去ってみれば、あの時が、という形でしかこないのかもしれない。そんなことを考えました。
>ななしのゴンベ 様
全然関係ないんですが、
>>やはり、彼女の凄さ、魅力というのは、女子シングルという枠を半身だけこえたところにあると思いました。
ってことで、ふと考え、そして笑ってしまいました。全然関係ないんですけど。
「半身だけこえた」とあるけど、これ「全身」だったらどうなるんだろう?って(笑)
そして、段ボールから半身だけ姿を出しているステファニー選手と段ボールの横で全身出しているステファニー選手を妄想し可笑しくなっちゃいました。
なんでかというと、その半身及び全身だしているステファニー選手は、このSPの動きにある
┐(´∀`)┌
ってポーズだったから(笑)
もう全然関係ない話でアレなんですが、妄想癖があるので、なんか子どもが雲を見て「あれはアイスクリーム、これはドーナッツ」とやるように楽しんでしまいました。
さて。
ステファニー選手について思うことは、記事中で書き尽くした感があり、昨年の記事ですけれど、今見ても、やはり同じ感想しかないですね。
もう演じている彼女の笑顔が全てだな、と。
楽しんでますよね。
SP演技開始直後、曲がかかりだすと観客からどよめきというかライブの一曲目みたいな感じの大歓声が上がりますよね。
Herbie Hancock(ハービー・ハンコック)の『ROCKIT』ですから。誰でも知っている曲です。スクラッチを世に知らしめるのに多大な貢献をした曲ですね。
ノリノリだし。でもPVはちょっとサイケデリックというか当時の近未来風というか、万人が喜ぶやつじゃないですけどね(笑)
下半身だけ動くロボットとか。
きっと、観衆は「ROCKIT」で演じるのか!って驚きと賞賛が入り交じった声援を贈ったと思います。
クラシックってなんじゃい!って感じですか(笑)
2007全米選手権には出場していませんでしたが、彼女フィギュアスケート辞めたんですかね?
それが、とても気になります。