こちらはスケートリンクで絶妙なスキルを魅せるおじいの動画。前記事で紹介したおばさんよりもスケーティング・スキルは上(笑)
なんかいい雰囲気ですよねぇ。普通のスケートリンクなんですが、小さい女の子が補助棒を持って滑っていたり、その横をおじいが颯爽と滑っている風景は、ああ、スケートが文化な国なんだなぁと。
勝手にアメリカと思ってますけど。間違いじゃないはず。
この映像を撮影したのは若者。彼自身もスケーティングしながら撮影しています。なので、映像が流れるようで、躍動感があります。
無茶苦茶短い動画なんですが(笑)
■おじいパート1
■おじいパート2
すぐりんのポーズで舞うおじい・・・
私の地元は南国なんですが、小さい頃はスケート・リンクが幾つかありました。
一番遠い記憶だと、まだ小学校にも上がらないくらい時の記憶で、確か木箱かプラスティックかわからないのですが、みかん箱を逆さまにして、その上に座ってスケートした記憶があります。
スケート靴を履けるサイズじゃなかった頃かなぁ。
子どもの頃というのは視線が低いです。なので、大人達はある意味巨人に見えるわけで、その見える世界が子どもの世界であったりします。
その時の記憶というのは、箱に座っていたというだけで、いつ、誰と、どこにという記憶は一切合切ないのですが、それがアイススケートの一番古い記憶。
小学生の頃に、地元に巨大プール施設ができ、冬場はスケート場になっていました。
今思うと、当時としては相当な娯楽施設で、夏はプール(アスレチックとかも)、冬はスケートは、結構子どもとしては楽しいものでした。
確か高学年になると、体育の時間にスケートをしにいったと思います。小学校の校区内にあったので徒歩でも楽勝。
「授業でスケートできるのか!」って大喜びでした。あの頃は、そういう意味で近場にスケート場があったので、みんな普通にスケートは出来ました。この場合のスケートは、アイススケート。
そして、テレビではNHK杯やらやっていて、コタツにみかんで観ていた、と。
デニス・ビールマンとか(笑)
中学生になり、高校生になり、アレをしだし、コレをしだし、甘いこと、酸っぱいこと、苦いこと、嬉しいこと、楽しいこと、悔しいこと、切ないこと、色々あって、気がつくと、世間一般からは大人と呼ばれる年代になり、アレもしなきゃ、コレもしなきゃ、アレやって、コレやって、アレやれ、コレやれと世知辛い世の中に流され、あのことも、このことも忘れ、「これも人生」となっていくわけですが、知らない間に、あの冬場スケート場になっていたプール施設は無くなっていました。
そして、自分自身も何かも失っているわけですが、その跡地には巨大スーパーが建ち、あの頃とは違うけれども大勢の人で賑わっています。
「ここ、昔はプールだったんだよ。冬はスケート場になってね」と親戚の子らに言うのですが、その時は、はっきりと、同級生とワイワイ言いながら滑ったスケートの記憶が蘇ります。
このおじいの動画を観て、そんなことを思い出しました。
多分、あの頃も、あのスケート場にこういうおじいが、日本人のおじいがいたと思うのですよ。
でも、それは思い出せない・・・
思い出せないのですが、スケートをみんなで楽しんだという記憶は失せることがありません。
もしかしたら、私のスケート好きの原点は、あの頃の楽しさだったかもしれません。
と、書いてみる。
おかしいなぁ。ネタ動画の記事なのに。















