元気が出るフィギュアスケートシリーズ ベアトリサ・リャン

元気が出るフィギュアスケートシリーズ ベアトリサ・リャン

元気が出るフィギュアスケートシリーズ、その7(番外編除く)。のぶ様が推す、アメリカのフィギュアスケート選手ベアトリサ・リャン(べべ・リャン)の2008全米選手権での演技。

これは、解説でも「ビューティフルミュージック」って言っている通り、曲に尽きる演技ですね。演技自体は、結構ミスっていたり(笑)

黄河ピアノコンチェルトかぁ。

繊細でありながら勇壮で、優雅でありながら壮大で、美しい曲ですね。確かに、涙が出そうな曲であります。

涙が出たら元気でねぇじゃねぇかよ!

って話なんですが、悲しみの涙ではなく、何の意図もなく、感情とは別に、勝手に流れ出る涙とでもいうのでしょうか、意識とは別に体全体で何かを受け取ったときに流れる涙とでもいうのしょうか、つまり、そういう、いい意味での涙。

この涙を流す機会って、なかなかないですよね。

今まで、そういう涙を流したことがない人もいるでしょう。

この曲聞いて「涙が出そう」と思った方は、そういう涙がそうだと思ってよろしいかと。

美しく、儚いようでいて荘厳さを持った曲ですねぇ。

そういう涙を流したあとは、得てして、リセットというか、心が洗われるというか、物事がうまくいかない時でも、素直に、一からやり直そうと、そういう前向きな気持ちになります。

そういう意味で、これは、元気が出るフィギュアスケート。

■ベアトリサ・リャン(べべ・リャン) 2008全米選手権FS

これまで、番外編除いて7つの元気が出るフィギュアスケート動画(複数動画もありますが)記事を投稿してきましたが、ホント、人それぞれですね。

そして、どれもこれも、なるほどなぁと納得がいくものばかり。

見方や感じ方に千差万別あるのですが、どれもこれもフィギュアスケートで、その多面性に改めて驚愕するとともに感動すら覚えます。

まだまだ、このシリーズは続くナ。

おそらく、たぶん、きっと。



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2個のコメント“元気が出るフィギュアスケートシリーズ ベアトリサ・リャン”

  1. うわっ!!
    マジそうなんですよ王様!!
    そういう思いがあって投稿したんですけど、
    ((実際自分が泣けたあと何かスッキリして、心のゴミを一緒に流してくれるのか爽やかになって元気になっちゃうんですよね。子供みたいなもんです。実際まだ子供から大人になれてないけど。ただこの動画はもう凄い見たからもう涙出んですす。))
    失敗したなあ~って思ってたんですよ。
    だからマジ嬉しかったです。
    わたしは真央ちゃんファンなんですけど、いろんな人のスケートに感動させてもらってます。もともとフィギアスケートを好きになったきっかけが、王様のこのサイトで荒川静香さんのあのオリンピック演技を見せていただいて、泣けてきたのが始まりだったんですから、、。フィギアスケートは私の心と体のおくすりちゃんてとこかな~。(いつもみなさまを驚かせて申し訳ないですが、ジャッジのことはさっぱりわからんですけどもネ。)
    昔から本物の薬は大嫌い、病院も大嫌いで今まで殆ど病院行ったことないです。最近では周りはインフルエンザで病院に行ってて、私も40度くらいの熱で症状も全く一緒なのに病院に行かずに治しました。親も諦めてます。
    それと彼女はベベリャンじゃなかったのですね。前にも申しましたが、名前が全然覚えらんないんです。そういう病気かもしれません。サラマクラクランもやっと覚えましたが何回言ってもサクラクマランとかサマクラクラマンとかサクラマクランとかサラクラクラマンとかサマラクラクマンとかあといっぱいいろいろメチャクチャになって言えませんでした。すみません。何の話か忘れてしまいました。
    王様の頭の中のイメージの広がりメッチャかっこええ!!

  2. >のぶ 様

    こんばんは。

    自分なりの解釈を、他の記事もそうですが、テキトーに書いただけですが、それが自分だけじゃないって時が多々あって、2006スケート・アメリカの時と思うのですが、観客席に気になるファンがいて、「この子おもしれー」って書いたら、「実はわたしも気になって他の選手の時も探したら同じリアクションしてました」ってコメントあって「へぇ~、他にもこんな画面の隅に映った、どうでもいいような、普通見逃すとこを見ている人いるんだぁ」ってなったことあります(笑)

    それが「ゆきっぺ様」だったんですけど。

    世の中には変態が多いなぁって。自分も含めて(笑)

    そんなことはどうでもよく、のぶ様のコメント読むと「やっぱ、フィギュアスケートってすげぇなぁ」って実感します。

    詳しくても、詳しくなくても、関係なしに、楽しめ、感動できます。

    詳しい、詳しくないに上下も是非も優劣もなく、色々な側面を色々な感覚で見て、楽しんで、笑って、泣いて、感動して、自分の物語の1ページに刻むことができる。

    素晴らしいじゃないですかぁ。

    他人なんて関係ないのですが、それでも同じ感覚を、同じ感動を受ける人もいて、凄さ倍増。

    真逆な感覚をおぼえる人もいて、それはそれでアリで、そういう見方、感じ方もあるのかぁと目から鱗の場合もあるし、ムキになることもある(笑)

    そういうの含めて、やっぱ、すげぇ!です。はい。

    今は放送禁止用語というか、言葉狩りというか、使っちゃいけないってことでメディアには出てこない言葉があって、

    群盲象を語る(群盲象を撫でる、とも)

    というやつ。

    目の見えない人が象(ゾウさん)について、鼻を触った人は「象とはホースのようなものだ」、足を触った人は「象とは柱のようなものだ」、尻尾を触った人は「象とはホウキのようなものだ」と語った。

    この触った場所やその例えは色々パターンあります。

    そして、「象とはどういうものですか?」という問いに、上記のような回答が出て「いや、それは違う」と議論百出になり、結局、問うた人が「みんなの答えは正しくもあり、間違いでもある。象の一部はそうだけれども、それらをあわせたもの以上のもの。全体を見なきゃわからない」と言います。

    有名な言葉というか話で、今でも習うのかなぁ。

    盲(目の見えない人)をバカにしてる、って感じで放送禁止用語になったような気がします。

    全然そうではなく、言葉の本質、伝えたいことを無視した単なる言葉狩りと思うんですけどねぇ。

    似たような言葉に「木を見て森を見ず」ってのがありますね。

    この言葉、何かを連想するでしょう。似ているでしょう(笑)

    「フィギュアスケートとはジャンプである」「フィギュアスケートとは表現力である」「フィギュアスケートとは浅田真央である」「フィギュアスケートとは安藤美姫である」「フィギュアスケートは・・・」

    面白いですね(笑)

    まさに、「群盲象を語る」であり「木を見て森を見ず」。

    喧々囂々な議論を見ると、それが議論といえるものかどうかは別にして、わたしなんか、いっつもニヤニヤして「なんと目の見えない人の多いことか」と思っていたり(笑)

    この場合の「目の見えない人」ってのは比喩ですよ。

    一部分だけ見て全体を語る愚かさを諭す言葉ですが、「一事が万事」って言葉もあるから困る(笑)

    これは、意味が逆でもすもんねぇ。「始めよければ終わりより」と「終わりよければ全てよし」みたいなもん。

    どっちやねん!

    ってなる(笑)

    言葉って難しいですねぇ。

    マ、そういうことなので、それでも「あーでもない、こーでもない」ってなりますが、人生の達人でもなく、悟りを開いたわけでもなく、聖人君子でもないので、「あーでもない、こーでもない」はやめられない(笑)

    けれども、こういう言葉は肝に銘じて、度が過ぎないようにしなければ、と思う次第であります。

    そして、ムカッとすることに出会ったら、多分にフィギュアスケートのことで、自分の好きな選手とかのことで、この言葉を思い出すといいです。はい。

    とりあえず、自分のことはおいといて(笑)

    今までのように、これからも、のぶ様はのぶ様らしく、自分だけの楽しみ方で楽しめばいいかと思います。

    私がそうであるように。

    だって、他の楽しみ方って無理だも~ん!

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