日付が変わって14日になっちゃったのですが、昨日は3月13日の金曜日。地上波ではNHK『スポーツ大陸』で「攻める気持ちを忘れない ~浅田真央の挑戦~」がオンエアされましたね。BSとかでは既にオンエアされていたのですが、地上波で見た方も多いはず。
そんなこんなで先月末(2月28日)にはBS1で、3月2日にはBShiでオンエアされ、地上波ではオンエアされなかった『スポーツ大陸 スポーツ史の一瞬』では、あのデニス・ビールマンが特集されました。
「喝采(かっさい)が生んだ奇跡のスピン ~フィギュアスケート デニス・ビールマン~」
ってオンエア特集タイトルです。その動画です。
デニス・ビールマン(Denise Biellmann)については、旧動画宮殿でも記事にし、動画宮殿Fでも昨年10月に記事にしています。ああ、あれって10月だったのかぁ。はえぇ。半年近く前ですね。
参考:2008.10.09 Don’t Let Me Be Misunderstood デニス・ビールマン!
以前の記事にデニス・ビールマンやビールマン・スピンについては書いているので、まぁ、この記事で書くこともないなぁっと思ってホッとしているとこなのですが、この番組のナレーションって斉藤由貴なんですね。
時期的に、彼女の『卒業』が頭を巡るわけだ。
ボタンねぇ。ひとつ残して全部上げたなぁ・・・袖のやつまで。
そんなことはどうでもよくて、動画は5つあって全部で約50分近くあります。
全部見られないって話です。
なので、てきとーに動画だけ貼り付けますが、パート1だけは感想を書いておこう。
動画は高画質再生推奨。やり方は、もうわかるはず(笑)
■喝采(かっさい)が生んだ奇跡のスピン デニス・ビールマン 1/5
デニス・ビールマンはスイスの選手。
スイスといえばアルプス。
アルプスといえば『アルプスの少女ハイジ』なんですが、デニス・ビールマンのママの名前は「ハイジ」。
まず、ここで引っ繰り返る。
ベタ過ぎ!
ハイジ・ビールマンというのがママの名前。
ハイジなのかよ!
御歳77歳の喜寿ですよ。髪の毛も黒々とし、お元気です。
染めていらっしゃるんですよね?と野暮なことを思ってはいけません。
デニス・ビールマン、今でも毎日練習しているそうですが、野外リンクなんですよね。プロスケーターなのでアイスショーありますから。46歳なんて、花なら蕾。まだまだ動けるわけで、それでも日々練習ってのがプロ。
ハイジママがスケートを教えた(スケートの世界に誘った)ってとこで、小さい頃の白黒写真が画面に映し出されますが、驚くのはハイジママの太ももの凄さ。
幼いデニス・ビールマンの顔の二倍くらいあるんですよね。
そして、若かりしハイジママの眉毛に度肝を抜かれました。
劇画です。
さすがに年月を経て、現在のハイジママからは往時の眉毛を想像することはできませんが、白黒写真だけに、まるでケンシロウのような眉毛。
そして、少女デニス・ビールマンがジャンプしてニッコリしている写真が何回も映し出されますが、この写真いいですね。
溌剌としていて元気な女の子です。
基本的に、やはり、スポーツ好きというか、アスリートになる子ってのは「おてんば」ですよね。
お転婆。ババァが転ぶと書いて「おてんば」ですが、私の知る限りでも、おてんばさんは、スポーツ万能。基本、動き回って遊びますからね。
ストイックな大人しい子もいますが、全体的におてんばが多いと思います。
爽やかで、屈託が無く、悩みもあったでしょうが溢れる生命力が凌駕し、眩いばかりに光り輝く年頃ですね。男子も女子も関係ない、あの年頃特有の闊達さがよく出ている1枚だと思います。
あなたにもそういう時代はあったわけで勿論私にもあり、古いアルバム(新しいアルバムでもいいですが)を開くと、そこには、きっと、こういう笑顔で写っている自分を発見するはず。
誰もが通り過ぎてゆく。
そう、通り過ぎてゆく。振り返えらなければ思い出さないかもしれませんが、誰もが通る道。
その最中、渦中にいるときは、そんなこと意識すらせず、当たり前のように物事に熱中していた時間のことです。
マ、振り返るほど年月を経ても、未だにそういう時間を過ごす人もいるわけで、わたしもそうですかねぇ。時間という人知ではどうしようもないことはあるのですが、あの頃はあの頃、今は今と、物事に熱中し、汗をかいている。
幸せなことと思いますが、そんなことを思った少女デニス・ビールマンの白黒写真。
■喝采(かっさい)が生んだ奇跡のスピン デニス・ビールマン 2/5
冒頭に札幌オリンピックの話がありますね。
ジャネット・リン!
旧動画宮殿で記事にしたら、なんか色々コメントもらって泣けてきたような。
今は亡き「規定」の映像ありますね。
3割も比重あったのかぁ。
ハイジママの言葉がいいですね。
「スケートを楽しむ」
いい言葉です。はい。
ベッティーナ、子どもの頃と全然顔変わってないですね(笑)
■喝采(かっさい)が生んだ奇跡のスピン デニス・ビールマン 3/5
渡部絵美さん登場!
このあたりは「孤高の天才」を表現した映像ですかね。
まさに、孤高!
仕方ない面もありますね。誰もが出来る技術じゃないし、サーカスじゃないので、やはり安全性の担保とか考えるわなぁ、エライ人は。
「当時のエライ人はカタブツだ!」って話もあるのですが、時代背景やその地位の人は、その地位として広い範囲で物事を検討しなきゃいけないわけで、そう簡単言い切れるものじゃないよなぁ、と。
アマチュア競技でオリンピック競技でもあるわけなので、とりあえず「安全性の担保」ってのは、考えて当たり前ですね。建前だとしても、クリアしなきゃ、検討しなきゃいけない項目ですもんね。
このあたり、もっと深く掘り下げてもらいたかったのですが、そうすると別の番組になっちゃう(笑)
■喝采(かっさい)が生んだ奇跡のスピン デニス・ビールマン 4/5
パパとの感動秘話。
過去記事でネタにしている1980年レークプラシッド五輪ですね。
曲は『Don’t Let Me Be Misunderstood』(サンタ・エスメラルダ版)のアレンジ。このあたりは過去記事参照してください。
五輪後のお話なんですが、ビールマン・スピンの変遷というか、年齢別の比較画像ありますが、凄いですね。

まさに、成長と進化(笑)
そして、アメリカの1982ワールドチャンピオン「エレイン・ザヤック(Elaine Zayak)」登場です。
ザヤック・ルールのザヤックさんです(笑)
初代スケバン刑事麻宮サキも「ジャンプが持ち味のザヤック」って言ってますね。
スピンに個人名が付いているのは、ビールマン・スピンだけだそうですが、ルールに個人名が付いているのはザヤック・ルールだけでしょうか?
ザヤック・ルールって通称と思いますが、やっちまった!となると、みんな「・・・ザヤック」って即お通夜モードになりますもんね。
この映像のワールドはアメリカで開催ってことで1981年のハートフォード大会。翌年1982年のコペンハーゲン大会でエレイン・ザヤックは優勝するのですが、その大会やりすぎちゃったので出来た制限ルールが「ザヤック・ルール」。
だったはず(笑)
1981ワールド優勝は次の動画見ると結果わかります。
■喝采(かっさい)が生んだ奇跡のスピン デニス・ビールマン 5/5
優勝はデニス・ビールマン。
2位がザヤックさん。
超お涙頂戴な構成ですが、感動した!
ビールマン・スピン二回。
なにかとダブりますね(笑)
つうことは、もうすぐ開催される今年のワールドは、二回やったら優勝ってこと?
NHKの結論は、そういうことだと思います(笑)
ホリデー・オン・アイスのオープニングでのデニス・ビールマンの衣装、凄いですよね。
さすがエンターティメント!
ビールマン・スピンって必殺技みたいなものですよね。ジャイアント馬場の十六文キックみたいな(笑)
209センチの、元巨人軍投手の馬場がやるから絵になる。
それにしても、デニス・ビールマンのビールマン・スピンは美しい。
わたし、今でもビールマン・スピンで一番キレイなのはデニスのビールマン・スピン。現役時代を見ているし、今見ても、「やっぱすげぇ」と声が出る(笑)
と、ここまで書いてきて・・・
なんだよ!
最初のパート1だけじゃなく、結局パート5まで書いてるじゃねぇかよ!
と思いました(笑)
途中、映像をはしょったりしましたが、マ、概ね、全部見た。
いつまであるのかわからないので、DL後見るのが一番ですね。
こういう番組で目前に迫ったワールドを煽ってくれると、視聴者も心地よい気持ちのまま本番を迎えられますね。
あー、睡眠時間減った!
ってなことで。

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